【雑記】自己の肯定/否定

雑記

右膝の腫れが一向に引かないため土曜の仕事を休み、近所の整形外科に行った。

朝9時過ぎにもかからわず既に多くの人が待ち合いにおり、それは当然ながらお年寄りばかりだった。本を持ってくればよかったと後悔したがスマートフォンのkindleアプリにいくつか読み残しの本があることに気づきそれをひたすら読み、1時間以上待ったのちようやく僕の名前が呼ばれ診察室に入った。一目で信頼できそうな印象のその先生によりいくつかの質問と触診とレントゲン撮影がなされた。

膝が腫れた原因は走り方を変えたためだと思っていた。

従来のミッドフット(足裏の真ん中あたりで着地する走法)を捨てフォアフット(つま先から着地する走法)を取り入れるため、Amazonをポチり材料を買い求めお盆前にワラーチ(走るのに適したサンダル)を作成しかなりの距離を走った。

走り方を変えることで懸念された足の痛みは実際にはふくらはぎの極度の筋肉痛だったため、大して気にせず継続していたが9月半ばに20kmを走った際より膝の腫れが目立った。

それは膝の皿の上に水が溜まっている状態だった。痛みはまったくない。先生からの説明によると膝というのは関節の動きを阻害しないために皿の上に袋があり、そこに水(血液などの体液)が溜まっている状態で、おそらく長距離走のトレーニングが原因ではないとのことだった。

走ることでの膝への負荷では起こらず、膝を何度も摩擦するような動きにより袋が傷つき炎症が起こる、そのような原因として何か考えられますか?との質問に、まっさきに思い浮かんだのは現在の仕事だった。トレーニングが原因ではないことに安堵し、とりあえず水を注射器で抜いてもらい炎症止めを入れてもらった。

膝からはかなりの血液が摘出された。

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現在の仕事について、今月初旬に辞める意向を伝えた。その理由を問われたが僕はそれを説明するのに苦労した。自分でも上手く説明できないからだ。単純な理由であるようにも思えるし複数の原因が積み重ねれた結果だとも思えるし、ただ結論として「この仕事を続けていくことは自分には出来ない」と判断したからだった。

1つ説明するとすれば、生活にまったく心の余裕がなくなったことだと思う。

日々やることに追われ、朝早く夜は遅く、休日でも取引先からの電話やメールに対応し、日常生活を過ごす余裕がなかった。僕は心が強くはないからどんどん消耗して、コンビニやファストフード店で適当に食べたり、欲しくもないものを買ったり、次の日が始まるのが嫌だから夜遅くまで無駄に起きてたり、この悪循環から抜け出すには環境を変えるしかないという結論にはずいぶん前から至っていた。

将来どうするんだとかどの会社も同じだとかいうことについて言えるのは、沢山お金を稼ぐため、組織の中で昇進する・与えられた役割をこなすため、(独り身なので当てはまらないが)家庭をつくって家族を養うため、そういう理由のみで朝早くから夜遅くまで働くのは僕にはできそうにない。みんなよく働けるなと思う。

そういった自分の価値観のようなものについて言語化してくれたのが、少し前に読んだpha(ファ)という人が書いた本『持たない幸福論』だった。

京大卒で20代後半から働くのを止めた彼が述べる価値観は、僕が日頃抱いていたものをかなり正確に言語化してくれていて、その文章は僕の心を癒してくれた。

多分僕がお金がなくてもそんなに不満がないのは自分が一番やりたいことは実現できているからだと思う。それは「自分のペースで生活に実感を持ちながらゆっくりと暮らす」ということだ。

具体的にいうと、毎日好きな時間に起きたり、その日の気分次第で一日の予定を決めて、散歩をしたり本を読んだり猫と遊んだり料理を作って食べたり、眠たくなるまで夜ふかしをして好きな時間に眠ったり、という感じのことだ。

会社に勤めているときはそれが全くできなかった。毎日決まった時間に起きなきゃいけないというだけでかなりつらかったし、満員電車に乗って通勤して、職場で気が合うわけでもない人たちとずっと顔を合わせていると、それだけで生きるエネルギーをすっかり消耗してしまっていた。

そうすると家に帰ってからの自由時間もゆっくり本を読んだり料理を作ったりする元気がなくて、牛丼やハンバーガーみたいな雑な食べ物ばかり食べたり、よく考えたらそんなに欲しくないものとかを適当に買ってストレス解消をしたりしていた。

その頃はなんというか、金銭的には今より余裕があったけど、「自分にとって一番大事な生活のペースやリズムを奪われている」という感じがして、あまり毎日を幸せだと感じられなかった。

その頃に比べたら今のほうが、お金がなくても気持ちに余裕があって自分のペースを保って生活ができているのでちゃんと生きている感じがするし、全体的な幸福度は高い。

(『持たない幸福論』P109-110)

このテキストは強烈に響いて、視界が明瞭になったというか「そうだよオレ今そんな状況だよ!」と何度も、思った。また自分と社会とのバランスをどうとっていくかについて、phaさんは社会学者である見田宗介が作成した図をアレンジして、マトリクスを提示している。

①仕事も自分もいい感じ(社会肯定・自分肯定)
②やらなきゃいけない仕事はあるけど、つらい(社会肯定・自分否定)
③自分はもうだめだ、仕事も何もかもどうでもいい(社会否定・自分否定)
④ひたすら自分の好きなことをしているだけで楽しい(社会否定・自分肯定)
→そしてまた①に戻る(『持たない幸福論』P56)

①〜④を循環する流れ。僕はひたすら②で仕事を続けていて、③の状態になりそうでかなりやばかった。

踏みとどまれたのはやはり友達の存在とか、読書や映画や長距離走など大好きなことがあるということだった。もし③になったとしても好きなことがあれば④になれる。自分を肯定することはすべての原動力になる。

だから自分がどう思うか、何を感じるかというのはとても大切なことだ。

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